名実ともに【日本史上最高】のサイドバック【長友佑都】の魅力を語る。


2008年5月24日。

豊田スタジアムにて行われた「キリンカップサッカー2008」

日本代表VSコートジボワール代表。

今現在も日本代表不動の「サイドバック・長友佑都」の日本代表デビュー戦である。

そしてこの時のコートジボワール代表を率いた監督が、後の日本代表監督となる「ハリルホジッチ」監督だった。

続く代表デビュー2戦目となるパラグアイ戦。

この試合は「埼玉スタジアム」に観に行っていたので当時の長友の印象もよく覚えている。

「エネルギッシュでパワフルな選手が出てきたなー。」

と思いながら観ていたのを思い出す。

代表デビュー

21歳で日本代表デビューを果たす長友。

同じくこの試合で代表デビューとなった香川真司と共に、その後の日本代表の中心を担う選手へと成長する。

その時の映像がこちら。

無尽蔵のスタミナを武器に左サイドを縦横無尽に駆け回る。

コートジボワール戦では当時イングランドの「アーセナル」で大活躍していた右サイドバック「エブエ」と強烈なマッチアップを展開しながらデビュー戦にしていきなりフル出場。

雑草魂

そんな長友は決してエリートではない。

明治大学在学中のサッカー部時代には腰痛でベンチにも入れず、スタンドから太鼓を叩く日々も経験。

ちなみにこの時の和太鼓を叩いている長友の太鼓技術は、当時ネットで話題になる程リズム感が良く、鹿島アントラーズのサポーターから引き抜きがあったほどだとか。。

後に長友自身も「大学時代に一番成長できたのは和太鼓技術です。。」と語るほどだ。。笑

それでも地道にサッカーを続け、2007年に「FC東京」「特別指定選手」として大学生Jリーガーとなった。

各年代別の代表に選ばれていたわけでもなく、特に注目を集めていたわけでもなかった長友。

「ギリギリでプロになれた」

まさに雑草魂で今日に至る。

代表

現在のJリーグ副理事長である「原博実」氏が当時率いたFC東京監督時代に長友に目をつけ、プロ入りすぐにレギュラーに定着した長友はそこから飛躍していった。

冒頭で述べたように当時の日本代表監督であった「岡田監督」の目に留まり、初めて日本代表に呼ばれ代表デビュー。

同年にはシリア戦で代表初ゴールを決め、北京五輪日本代表にも選出され本大会に出場。

その後はFC東京のナビスコカップ優勝に貢献し、Jリーグベストイレブンにも選出。

4年に一度開催される「W杯」には、2010年南アフリカ大会から2014年ブラジル大会2018年ロシア大会と3大会連続で本大会に出場していて、3大会全ての試合でフル出場

合計11試合出場というのはGK川島と並んで日本人最多記録で、出場時間数も中田英寿の持つ「10試合894分」をロシア大会の決勝ラウンドベルギー戦で塗り替え、フィールドプレーヤーとしての「全試合フル出場」というのは今のところ長友のみという偉大な記録を打ち立てた。

クラブチーム

クラブとしてもあらゆるチームで活躍。

2010年南アフリカW杯での活躍が評価され、イタリア・セリエAの「ACチェゼーナ」へと移籍が決まると、その翌年には日本代表でアジアカップを制し、移籍市場が閉まるギリギリで同じくセリエAの名門で、当時鹿島アントラーズで活躍した「レオナルド」が監督として率いていた「インテル・ミラノ」へと移籍。

その名門インテルで長友はレギュラーとして長く在籍し、現在はインテルの副会長である「サネッティ」「スナイデル」「カンビアッソ」といった各国の顔となるスーパースター達と共闘。

チャンピオンズリーグにも出場し、4年目となるシーズンにはゲーム中のメンバー変更ではあるがキャプテンマークも腕に巻く。

一度レギュラー落ちしたかと思えば、しばらくするとまたレギュラーへと返り咲き、持ち前の雑草魂でインテルで200試合出場を達成。

どこに行っても愛されキャラでいられるのが長友の最大の強みかもしれない。

偉大

セリエAで活躍した日本人といえばまず一番に出てくるのは「中田英寿」である。

中田に関しての記事はこちらに詳しく書いてあるので見て頂きたいのだが、あの時代のセリエAで活躍し、ローマでのトッティとのポジション争いや、スーパースターだらけのチームメイトと共に世界最高のリーグであったセリエAのスクデットを獲得した唯一の日本人ということを考えると、今考えてもやはり中田英寿は本当に凄かった。

ただ、今の時代のサッカーしか知らない人からすればセリエAと言えば、きっと本田か長友なのだと思う。

そして、さっきも述べたようにW杯の出場時間も中田英寿の持つ記録を更新するなど、名実ともに日本サッカー界の歴史に名を残す男になった長友。

彼もまた、日本サッカー界におけるレジェンドである事は間違いない。

まとめ

現役バリバリで活躍している長友を語るにはまだ早い気もするが。

同世代でも目立つ存在である本田や、長く共に戦ってきた岡崎は長友と同じ1986年生まれ。

北京五輪の頃から代表に選ばれ続け、下の世代では吉田麻也香川真司、上になると長谷部誠川島永嗣といったメンバー達と日本代表の一時代を築いた長友。

そんな数多い戦友の中でも、長友が残してきた足跡というのは他の選手と比べると実は突出している部分も多々あり、本当に凄い選手であると思う。

FWやMFという前線の選手が注目されやすいサッカーという競技で、DFでしかもサイドバックという常に走り回るポジションを、大きな怪我もなくこれだけ長い間トップレベルで維持し続けられるのは日々の努力の賜物だと思う。

「這い上がる」

という作業をずっとやり続け、小さなことを積み重ね続けた結果が今に繋がり、未だに日本代表に選ばれ続けているという信頼の証であると思う。

これからもその経験を下の世代に、そして日本サッカー界に還元しながら、自身のビジネスを通じてあらゆる分野での活躍をして頂きたいと思う。

そして、2022年カタールW杯にて日本人史上初の4大会連続「出場」という偉大な記録を打ち立てて頂きたいですね^^

 

life is freedom…

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