人生のパイセン。愛すべき相棒のpeaceマンを紹介しよう。


さぁ、今日は俺の愛すべきパイセンであるpeaceマンについて紹介させてね。

peaceマンと言えば、このブログを見てる人はちょいちょい出現する相棒。

俺たちの旅シリーズ」のアメリカ編タイ編ベトナム編、そして沖縄編と。

そう、旅シリーズにはほぼ全てに登場するこの人。

理容師

高校を卒業した俺は、就職先を決めて美容師の見習いとして働くと決めて、本社が八王子にある会社に入社して。

地獄のような新人研修を受けて、配属店を発表される時だった。

お前は福生だ!

「今度新しくオープンする福生のお店へ行け!」

そんな社長の一言で始まった俺の美容師ライフ。

今思えば、この配属が全てだったな。

その福生のお店は理美容あるお店で、新しく理容のトップとして現れたのがpeaceマン。

そう、peaceマンは理容師

俺の9歳年上で、その時俺は18歳。

これが初めての出会いだったんだよね。

準備

研修も終わって、福生のお店がオープンするまでにまだ時間があってね。

お店で使う備品だとか雑貨だとかを準備するために、俺ともう一人の同期である「マリン」と一緒にpeaceマンが運転する車に乗り混んで、ホームセンターやらを周ったりの買い出しDay’sを過ごす。

ちなみになぜ「マリン」かと言うと、彼は名字が「浅村」で、羽村に「浅村マリン」っていうお店があって。

なんのお店かは知らんけどそこから来てる。。笑

その前になんで「peaceマン」なのかを説明しろよ!ってな。。笑

まぁ、焦りなさんな。。ちゃんと後で説明しますから。笑

上司

お店が始まってしまえば、peaceマンは理容のチーフ、そしてお店全体をまとめる店長のような存在でさ。

当時の俺は立場も年も一番下で、そんな俺から見てもpeaceマンは本当に尊敬できる頼れる「大人」だった。

俺自身、プライベートで結構ディープにヘコむような事をpeaceマンに相談した時があって、その当時に言ってくれた言葉とかは未だに心に残ってるんだよね。

当時から他のスタッフもpeaceマンをリスペクトしてたし、未だにきっとpeaceマンリスペクト。

情に熱く、人望があって、勘が鋭く、腕もある。

お店にpeaceマンがいればどこか安心できたし、peaceマンの持つ空気感が俺は大好きだったんだ。

そんな「上司」に出会えた事が、当時の俺にとっては最高の環境だったんだよね。

PEACE

でも実際に一緒のお店で働いてた期間は1年半ぐらいだったのかな?

peaceマンは最初から思い続けてた「独立」を果たす事になり、当時の会社を退社。

自分で出した床屋のお店の名前が「PEACE」なんだ。

だから俺は「peaceマン」って呼んでる。

辞めるって聞いた時は寂しかったよねー。

でも同時に教えてくれたんだよね。

「独立」って事の存在や意味を。

当時はもちろん自分が「独立」するなんて思ってもなかったけどさ、俺の中ではpeaceマンが初めての「独立者」。

アドバイザー

PEACEがオープンしてからは、何度か髪を切りに行ったりしててね。

でも、それからは連絡も取らず、全然会ってもいない期間が5、6年はあって。

ナチュラルに時は過ぎ、俺が「独立」を意識した時に、真っ先に相談をしたのがやっぱりpeaceマンだった。

的確で頼りになる助言をもらいながら、自分の信念を貫いて店を出して。

多い時には週1や週2で会いながら、たくさん話して。

相棒

あの時には考えられなかったけど、気が付けば同じ土俵に立っていて。

それぞれの人間のタイプや、思考は似てるようで全然違う。

でも、見てる目線や景色、価値観はとても近く、時間を共にすればするほどに共感できることも多くて。

はたまた気づけば一緒に旅に出て、生意気にも何にも気を使わずに自然体でいれる。

そんだけ俺が後輩なんだから、少しは気使えよ!って話だよね。。笑

まさに「愛すべきパイセン」であり、いつの日からか「相棒」になったんだ。

10代で社会に出て右も左も分からない中、いつも目をかけてくれて、こんな俺の人間性を評価してくれた。

それが本当に嬉しかったのは今でも覚えてるな。

9歳も年上で、当時は大先輩だったのに、こんな事ってあるんだなーって感じだよね。

そんな「愛すべきパイセンであり相棒」のpeaceマンに感謝。

そして、これからも「俺たちの旅」は続く。。

俺たち二人

life is freedom…

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