【152】&【1000】誰からも愛される【遠藤保仁】の魅力を語る。


初めて「ヤットさん」の存在を知ったのは1999年のナイジェリアで開催されていたワールドユースだった。

小野伸二や稲本潤一、小笠原満男に中田浩二らの「黄金世代」と呼ばれた世代の一人である「遠藤保仁」

「フィリップ・トルシエ」率いる日本代表はこの大会で当時、「日本サッカー界最高」の成績である「準優勝」という結果を残す。

その後は日本代表の中核を担い続け、監督が変われど遠藤への信頼度は落ちずに試合に出続け、前人未到の「152試合」出場というクレイジーな数字を残したのである。

そして今もなお、「公式戦1000試合出場」という日本人初の偉業を成し遂げ、その記録を伸ばし続けている。

レジェンド

単純計算で1シーズン50試合に出場しても、1000試合出場するためには20年の歳月を要する。

これは本当に物凄い記録だ。

クラブ、代表共に移動やトレーニングを繰り返しながら、常に必要とされてきた遠藤だからこそなし得た記録。

世界を見渡してみると、「1000試合」出場しているサッカー選手というのは8人しかいない。

しかも、その8人は全て世界中に名を轟かせたスーパースターだ。

そんな彼らを紹介しよう。

  • 1273試合・・・ロジェリオ・セニ(元ブラジル代表GK)
  • 1100試合・・・ハビエル・サネッティ(元アルゼンチン代表DF)
  • 1077試合・・・ジャンルイジ・ブッフォン(元イタリア代表GK)
  • 1048試合・・・イケル・カシージャス(元スペイン代表GK)
  • 1028試合・・・パオロ・マルディーニ(元イタリア代表DF)
  • 1027試合・・・ライアン・ギグス(元ウェールズ代表MF)
  • 1019試合・・・フランク・ランパード(元イングランド代表MF)
  • 1015試合・・・シャビ・エルナンデス(元スペイン代表MF)

といった具合で、遠藤はこの偉大なる名選手たちに次ぐ選手となる。

そして未だ現役で活躍する遠藤は、さらに記録を伸ばすことができるため、彼らの記録を超えていく可能性も大いにあるのだ。

黄金世代

日本サッカーの歴史の中で語り継がれている「ワード」がある。

「黄金世代」

小野伸二・稲本潤一・高原直泰・本山雅志・中田浩二・遠藤保仁・小笠原満男・・・。

「79年組」とも呼ばれる彼らの世代のことである。

まさに才能の宝庫だった。

そしてほとんどの選手がユース世代から日本代表として活躍し、その後の日本サッカーを背負っていく存在へと育つ。

ここまでの才能が一つの代に集まっているのは後にも先にもこの世代以外に存在しない。

この黄金世代の中から「2002年日韓共催W杯」「2006年ドイツW杯」に多くのメンバーが選出されている事実を見れば、この世代が日本サッカー界において重要な世代であったことがわかる。

そして今も彼ら黄金世代のグループLINEが存在するほど、彼らは仲がいいのだ。

クラブ

そんな黄金世代の中で、ワールドユースでもポジションを掴み、小野や稲本をはじめとした周りの選手が海外へと活躍の場を移す中で、遠藤は横浜フリューゲルス京都パープルサンガガンバ大阪と国内へと留まり、自分を磨き続けた。

「西野監督」時代には「2点取られたら3点取るサッカー」という超攻撃的なスタイルを標榜する「ガンバスタイル」の中心選手となり、二川・橋本・明神と組んだ中盤は「黄金の中盤」と称された。

何かと「黄金」というフレーズで称されるあたり、やはり持つべき物を持って生まれてきているのかもしれない。

日本代表

ワールドユースには出場し、試合でも活躍したものの2000年に行われたシドニーオリンピックでは予備登録メンバーとして選ばれ、試合出場はなかった。

2002年の「ジーコ」監督時代に初めてフル代表へと呼ばれ、そこから長き遠藤の代表での日々が始まっていく。

  • ジーコ
  • イビチャ・オシム
  • 岡田武史
  • アルベルト・ザッケローニ
  • ハビエル・アギーレ

と、何人もの代表監督から絶大な信頼を勝ち取り、日本代表の中盤に君臨し続け、数々の偉大な記録を樹立。

W杯にも「ドイツ」「南アフリカ」「ブラジル」と3大会に選出され、南アフリカW杯ではデンマーク戦で鮮やかな弧を描いた直接フリーキックを決めている。

ガンバ大阪・日本代表ともに背番号は「7」

Jリーグでは「ガンバ大阪」ファンだったこともあり、遠藤の存在は早くから知っていて、そのプレースタイルも大好きだった。

トップ下で活躍していたガンバ時代や、ボランチとしてゲームをコントロールしていた日本代表共に、彼がいると試合が落ち着き、テンポが変わる。

パス一本一本に意味があり、メッセージが込められている。

同じく「7」番で、あの時代に全盛期であった「中田英寿」とはまた違ったパスやプレースタイルを持ち、遠藤には遠藤の独特なリズムがあり、そこから繰り出されるパスには芸術性があり、見ているこちらが惚れ惚れしてしまうほどの柔らかさと美しさを感じられるパス。

全体を俯瞰で見ながら自分がいるべき場所に動き、ボールも動かすことができる「サッカーを知っている」数少ないプレーヤーである事は間違いない。

まとめ

年齢を重ね、経験を積めば積むほどに熟練されたそのサッカーセンスは超一流であり、黄金世代の中で誰よりも第一線で活躍し続けたのは遠藤であると思う。

「コロコロPK」に代表されるように、独特のリズム感から放たれるボールはいくつもの場面で日本サッカーに歴史を残してきた。

「怪我は友達」と言うほど「大きな怪我をしない」という恵まれた体をフル活用し、偉大な記録を今なお更新し続けるこの男は、「三浦知良」と同じように日本サッカー界の「生けるレジェンド」である事は間違いない。

 

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