「自分を売る」「恥を捨てる」YouTube動画を撮り始めて思うこと。

自分の中での目標が、明確になればなるほど。

やるべきことが見えてくる。

例えそれが前途多難だったとしても。

いきなりてっぺんに行けるなんてそもそも思っていないから。

日々コツコツやるしかない。

そのためには「恥を捨てる」事も必要だ。

今日はそんな話。

BAR

さて、「語りBAR freedom」がオープンして約二週間。

ここはYouTube上に存在するBAR。

このBARは、主には俺が「スナックのママ」的なポジションに居座り、あらゆる事を語る。

「バーチャルでも、空想でもなくリアルを。」

ってのをテーマに、この東京の端っこに書いてる内容を実際に自分の口から語る。

「読んで、聞ける」内容にするんだ。

それ以外にも、時にはゲストも呼びたいと思っててさ。

まぁ、構想は色々あるんだけど、あんまり空回りしすぎないように、まずはとにかく動画を撮る事なんだよね。

撮影

その動画なんだけどね。

これは本当にやってみて思ったんだけど、俺の場合はスマホスタンドにiPhoneを設置して、ロケーションもそれなりに作り込んで撮るわけなんだけど。

やっぱ最初は「恥ずかしさや照れ」があるのよ。

ましてや元々俺は自分の映像とか声ってのが大っ嫌いだったのね。

中でも声が本当にイヤ。

旅先でもビデオとか回したりしてたけど、映像はまだしも自分の声が入ってるとこだけは本当に嫌で。

だから「動画を撮る」ってアイディアは前々から考えてはいたけど、物凄く抵抗があった。

変化

でも今回不思議だったのは、いつものように「動画を撮ろう」って思いついた後にすごくワクワクしたのね。

今までなら「いや。でも俺自分の声とか本当にイヤ。。」とか思ってたんだけど、今回は素直に楽しそうって思った。

だからすぐに試し撮りをしてみたの。

そしたら意外と見れるんだよね。

クオリティーとかはまた別にして、第三者として違う人みたいな感覚もあったり、一人の人間をプロデュースしてる感覚って言うのかな。

自分でもビックリするぐらいに「スッ」と入ってきた。

覚悟

今までなら絶対にイヤだったのに、これはある意味嬉しいサプライズだったんだよね。

一度「楽しい」と思えばそのままずっと続けられるのが俺の特性。

そこからはテーマを変えて、iPhoneと向き合い語り続ける日々。

あんなにイヤだったのに、なんでこんなに「スッと」入ってきたんだろう。

そんな事をふと考えてみたんだけど。

まぁ、一番はやっぱその先にある「目標」や「夢」の存在だね。

今、俺が思い描く「目標」への距離は光も見えないぐらいに遠い場所にある。

そこに少しでも近づけるなら、俺はなんでもやる。

その覚悟が俺を変えたんだと思う。

「自分を売る」必要があるのに「自分の声がイヤ」なんて言ってられない。

そんな心境の変化がある中で撮ってみた動画を見ていると、どっかの他人をプロデュースしているような感覚になり、どこか楽しささえ感じ始めてくるのが本当に不思議。

YouTuber

それともう一つ。

今回動画を撮って多少の編集だったりをするにあたって、いろんなYouTuberさんの動画を見てみたのね。

そこで思ったんだけど、あの人たちはやっぱ凄いね。

「ヒカキン」とか「ヒカル」とかの売れてるYouTuberさんはもちろんだけどさ、うちの子供とかもよくみてるファミリー系の動画だとか、同じぐらいの子供たちが出てる動画とかが溢れまくってるんだけどさ。

いずれも本当に凄いのが「編集」なんだよね。

俺が思うにYouTuberさんたちは動画を撮る事よりも、「編集」の方が遥かに時間がかかってるんじゃないかな?

今まではただ見てるだけでそんなに意識してはなかったけど、やってみて初めてわかったね。

YouTuberリスペクト。

まぁ、今後もオリジナルの動画を撮り貯めて、「語りBAR freedom」の方も盛り上げていくので「東京の端っこ」共々、ピンときたら是非とも見てみてほしいな。

宜しくお願い致します。

 

life is freedom…

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