最後死ぬ時に笑えれば。

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ただなんとなく1日が過ぎ去る。

そんな風に終わっていった日々は数知れず。

大概そんな日々の記憶は頭の中には残ってなくて。

やっぱり何かに夢中になっていたり、楽しんでいたり、泣いたり笑ったりしてる時の記憶ってのは映像として湧き上がる。

記憶というのは過去のものだとしても、脳みその中で引っ張り出せばもう一度楽しむことができたりする。

幼少時代から、ワクワクする方向へと流される傾向が強い俺は楽しむことには貪欲だった。

今、この瞬間を誰よりも楽しもう。

そんな感覚はわりと昔からあった。

そこには、親父の考えや日本一funkyな学校の影響ってのが多分にあったとは思う。

それでも、1年が365日あるうちの365日全てを楽しんで笑ってるなんてことは不可能で。

やっぱり「なんだかなー。。」とか「つまらんなー。。」って思ってた日々も多々ある。

カズや中田に憧れてサッカー選手を目指したあの頃や、「Beautiful  Life」のキムタクに胸刺されて美容師を志し。

自分の店を出して5年が経った今。

もし、明日俺が死ぬのなら「最後に何を思うだろう」。

こんな疑問がフワッと湧いた。

今の俺なら、きっと今までの幼少時代から今日までの日々が、いい事もイヤな事も含めて全部が走馬灯のように現れ、どこかで自分のナレーションが入ったりしながら、まるでドキュメンタリー映画のように流れるだろうな。

なんて思ったり。

他にもこうも思う。

うちのおかんは何を思って死んでいったのかな。って。

俺が幼い頃に離婚して、自分の地元に帰り実家暮らし。

再び両親と暮らして、じいちゃんが先に死ぬ。

ある日突然、白血病という病にかかり闘病が始まって。

その辛さたるや想像を絶する世界だ。

死んだ後、実家のおかんの部屋を見たときに、机の上にあった俺の写真と俺が作ったミニ四駆。

その瞬間、おかんの気持ちは伝わった。

それを今になって思い返しても、おかんはどんな気持ちで最後を迎えたのか。

離婚して15年、そのまま会わずに死ぬおかん。

俺は俺なりに、結構真剣に考えた。

今回のこの人生。

親父とおかんにもらったこの体。

その中に備わっていた心と記憶と楽しむセンサー。

せっかく最高の武器があるなら、それらを最大限に使わない手はない。

勿体無いし、両親に失礼だろうと、俺は思った。

だから俺は決めた。

最後死ぬとき、笑って死のう。

最高に面白い「映画」を作ろう。

今を楽しく面白く。

今、この場所からfreedom

死ぬ時笑えりゃそれでいい。

 

life is freedom…

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